[記事訳]韓国の事務所・韓国のスタッフと歌った英国歌手、K-POPなのか?

7月にSM STATIONで発表されたチャーリ・タフト(Charli Taft)のデビュー曲‘Love like You’を巡って、何をK-POPと呼ぶのか、考察した記事を訳しました。チャーリ・タフトはイギリスのリバプールとデンマークのコペンハーゲンを拠点に活動しており、SMの参加曲はテミン ‘Ace’やRed Velvet ‘Automatic’、‘Something Kinda Crazy’、‘Cool Hot Sweet Love’ があります。‘Love Like You’ はSMの多数の曲でおなじみのAndreas Oberg とDaniel ‘Obi’ Klein と共に作詞作曲、編曲を行った曲です。

 

原文はこちら→ http://star.ohmynews.com/NWS_Web/OhmyStar/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0002348208&CMPT_CD=SEARCH

 

 

2017/8/10   by カン・ドンヒ

 

 

K-POPは一つのジャンルでありうるか?チャーリ・タフトのSMデビュー曲‘Love Like You’

 

‘K-POPは何なのか’

チャーリ・タフトの‘Love Like You’が投げた質問だ。

彼女は先週SMエンタテインメントを通じてデビューしたイギリス人、白人アーティストだ。Red Velvetの‘Autmatic’など韓国人アーティストの曲制作に参加したが、韓国という国と直接的な縁はこれが初めてだ。彼女は英語による歌を歌っているが、SMエンタテインメント所属なだけに制作には当然のことながら韓国人のスタッフが多数参加しており、ミュージックビデオのダンサーたちも東洋人を使った。

 

何がK-POPをK-POPと定義するのか

当然ながらこのような質問が浮かぶ。この曲はK-POPなのか?歌手の国籍はイギリス人であり英語で歌っているが?では英米のポップ曲なのか?そう見るには韓国人スタッフの参与度がとても高い。万一、この歌手が怪しげながらでも韓国語で歌っていたらどうだろうか?多くの人がこの曲をK-POPと受け取るのではないか?既に私たちは韓国語で歌う日本人、中国人アーティストはK-POPアーティストと呼んでいるのではないか。

このような混乱は討論を超え、Youtube では口論にまで至っている。ID Kfa**は、彼女がSM所属だという理由だけでK-POPアーティストと呼ぶことが妥当なのか問い、SMエンタテインメントがすることは‘エンタテインメント産業’であって‘K-POP’ではないと主張する。ID keoni*  もやはりSMのStationプロジェクトは韓国人アーティストに限定されているのではないと主張する。しかし、反駁する彼らはSMが自身のブランドを掲げた‘プロジェクトアルバム’なのだからK-POPと見なければならないと主張する。いくつかのコメントは人種主義問題まで言及した。この音楽をK-POPとできないことが人種差別という主張も目についた。

しかしこの対立を詳しく見てみると、これは人種問題でもアーティストの国籍問題でもないことが分かる。本質はK-POPを一つのジャンルとして理解するか、しないかだ。K-POPのミュージックビデオには英米圏のポップ音楽ビデオでは見られない要素が多く登場する。ゆらゆらした振付より、かっちりした群舞を好み、かわいいイメージの背後にぞっとするような記号をひそめ、ミュージックビデオの明度は高く彩度は低いことなどが代表的‘要素’だ。

チャーリ・タフトのデビューミュージックビデオにもこういった特徴たちがあますところなく現れている。前のボーイフレンドを象徴するかわいい熊のぬいぐるみジェリーが、皿の上で首を切られ、各自の振付を消化した3人の女性ダンサーは銃を持ち隊列を組む。歌手の外見だけを除けばこれはまさにK-POPのビデオだ。

チャーリ・タフトが東洋人の女性であり韓国語で歌っていれば、どんな疑問もなくこの曲はK-POPに分類されるだろう。実際に現在SM にいながらK-POPアーティストと呼ばれる外国人の中でソロシングルを出した歌手たち、例えばヘンリー、アンバー、NCTテンなどはこの論争から完全に自由だった。その点においても、単純に白人だからという理由でK-POPアーティストでいいのか論争が起こること自体が人種差別的だという主張は説得力がある。

しかし、政治的公正性をしばし控えて見てみると、結局この論争自体がSM の商法であることを推察するのは難しいことではない。悪口ではない。産業音楽をしている彼らが商法を仕掛けることは舞踏家が踊ることと同じくらい当然のことだ。非倫理的かといえばそうでもない。SMはただ白人歌手をデビューさせただけだ。ここで論争を起こした何人かの人々が非倫理的だと言えばそうかもしれないが、SMは非倫理的だとまで見るのは難しい。少々小憎らしくはあるかもしれないが。

曲は去る7月28日に発表され、論争は‘この曲をK-POPだと見ず、一曲のいいR&Bと考えよう’という方に収束する様相だ。この歌を強いてK-POPと呼ぼうという人たちは人種主義者と見なされる場合もある。

しかし、私はこの曲を‘強いて’K-POPだと呼びたい。K-POPと(英米の)ポップの差異は歌手およびスタッフの国籍と人種だけで区分されるものではないためであり、今もインターネットには自身をBIGBANGファン、少女時代ファンではなく‘K-POP’ファンと呼ぶ人たちが溢れるほどいる。彼らはなぜ韓国音楽を追うのだろうか?その中に潜む私たち民族の興を鬼神のように読み取ったからか?どういたしまして。‘未だ’何だと整理するのが難しい‘K-POPらしさ’が彼らを集めたとみるのがより妥当だ。

ではそのK-POPらしさというのは結局何だろうか?

 

疑問符ではない、感嘆符

結局、私たちは最初に投げられた質問に再び戻ってきた。いい意味であれ、悪い意味であれ、チャーリ・タフトのデビュー曲はK-POPの定義とは何なのか、K-POPを愛する人たちはK-POPの何が好きなのか。K-POPをK-POPだと呼ばせる要素は、歌手と所属事務所の国籍以外にまた別の何かがあるのかについて‘成功裡の疑問符’になった。

しかし作品の完成度は疑問符ではなく感嘆符だ。刺々しい論争を起こしてしまったが、彼女がK-POP歌手らしいメイクをし、K-POPのミュージックビデオ特有の柔らかくも明るい照明の下で、英国式の英語で歌うのを見ているとただ楽しい。曲もやはり伝統的なR&Bの公式に従いながらも8bit音とズンズン押し寄せるような電子音を重ね、モダンさを加えた。正確に必要なだけの感情だけ載せるチャーリ・タフトの唱法のおかげで何度聴いてもくどさがない。

PSYは最近‘江南スタイルの何がそんなに特別だったのか、今も分からない’とインタビューで言った。それは‘どこからどこまでがK-POP なのか’という質問と大きく変わらない。韓国人たちは‘ドゥーユー ノウ カンナムスタイル?’をあれほど切なく問われたが、これはただ‘知って知らず’の問題ではなかったというわけだ。

所属事務所がどこなのかとは別に、曲には明らかにK-POPの痕跡があり、パフォーマーが英国白人女性であることを考慮しても、この曲をK-POPだと呼ぶ瞬間、私たちは‘ブリットポップ’や‘デトロイトサウンド’のような一つの‘ジャンル’を得ることになる。多少無理があるかもしれないが、‘これはK-POPでいいのか?’というSM の小憎らしい質問にそうだと答えたいこと、今やK-POPがその域の位相まで行ってくれれば、という願いも込めているからだ。

 

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この記事は途中まで訳して、その後韓国に行ったりしてばたばたしているうちに機を逃した感じもあったのですが、同じくSMから最近発表されたEXOのLAYの2ndソロアルバム『SHEEP』を聴いていたら、この記事のことを改めて思い出したこともあって最後まで訳しました。

LAYの『SHEEP』について言うならば、さしずめ「韓国の事務所に所属している中国人アーティストが元々所属しているK-POPアイドルグループの活動に参加せず制作し、歌詞は中国人のアイデンティティが込められた中国語で、プロモーションも中国メインで行っている、韓国の事務所が出したアルバムをK-POPと呼ぶのか」ということになるのかな。ややこしいですが…。

LAYの今回の場合は、韓国と中国の政治的状況からこのような形になったことも否めないですが、EXOの活動に参加しなかったことも相まって、1stソロのときにはさほど感じなかったこういった思いが湧いてきました。中国の音楽に詳しくないのですが、前作に続きDevine Channelが多くの曲に参加し、音的には最先端ではあるにしても、ローカライズされている要素があるのかも気になります。

もちろん正解はないし、作品がよければK-POPと呼ぼうが呼ぶまいが、どっちでもいいという思いも当然ありますが…。SMのグローバルオーディションも今年はアメリカと中国、タイ、ベトナム、インドネシア、台湾、シンガポール、マレーシア、そして日本のアジア圏のほかにメキシコ、チリ、アルゼンチン、ブラジルといった南米圏でも実施されていて、その幅広さは合格した練習生を韓国からデビューさせるだけではなく、その国からデビューさせる、といったことも視野に置いているのかなと思わされます。そうなったときにそのグループなり曲は果たしてK-POPと呼ぶのだろうか…といったことも思ったりして、遠くないうちにこのような議論が再燃するんだろうな、とも思います。SM以外にも、今年4月に韓国でデビューした「韓国人のいないK-POPグループ」EXP EDITIONのような例もあるし、K-POPの広がりにつれて、このようなことはどんどん起こってくるのでしょう。

 

 

蛇足ですが、韓国のアイドルグループの日本オリジナル曲について「韓国人が日本語で歌っているJ-POPみたいな曲をK-POPと呼ぶのか」と言われると、それはK-POPと呼びたくない自分がいたりします笑。

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