[インタビュー訳]ライアン・ジョンが‘音楽メンター’を探す理由

プロデュース101 シーズン2のテーマ曲‘ナヤナ(Pick Me)’、ファイナル曲‘Super Hot’を共同作曲し、記事のに記載されている他にもEXO‘Love Me Right’、SHINee‘view’、NCT DREAM‘My First and Last’など多くのヒット曲を持つライアン・ジョン(Ryan S. Jhun)の「インタビューを訳しました。
以前にもMonotreeのインタビューを訳した10asiaのK-POPの作曲家・作詞家・プロデューサーなどのインタビューシリーズの最新記事です。

原文はこちら→[음표를 그리는 사람들(19)] 라이언 전이 ‘음악 멘토’를 찾는 이유(인터뷰) http://tenasia.hankyung.com/archives/1260990

2017/07/26 by ユン・ジュンピル

K-POPの作曲になろうと、20歳の時に頼るところもなく一人でアメリカから韓国へ渡ってきたライアン・ジョン(38)は、2010年イ・ヒョリの正規アルバムに参加し、プロの世界に足を踏み入れた。その後7年、新米作曲家はI.O.I‘Whatta Man’、テヨン‘I’、SHINee‘Lucifer’、Red Velvet‘Dumb Dumb’などのヒット曲を持つ作曲家に成長した。またアイドルグループVAVが所属するA Teamエンタテインメントの総括理事になった。

スター作曲家として早くに可能性を認められたが、ライアン・ジョンは単独作業よりさまざまな作曲家たちと協業し、新曲を発表している。彼は一緒に曲を作る作曲家たちを自身の‘音楽メンター’と呼ぶ。一人ではすぐにくたびれてしまうが、一緒に行けば遠くまで行けるということが分かったからだ。‘共に’の価値が分かり、さらに多くの作曲家たちとの相生を夢見るライアン・ジョンに会った。

10 asia(以下‐)Mnet‘プロデュース101(以下プデュ)’シーズン2のテーマ曲‘ナヤナ(Pick Me)’を通じて再び名前を知らしめたが、このように大きく愛されると予想していたか?

ライアン・ジョン:私もやはり練習生101名が争ったように、他の作曲家たちと争ってその結果‘Pick Me’がテーマ曲に選ばれた。Mnetの関係者たちがシーズン1からたゆまず訪ねてくれて感謝するばかりだ。実のところ‘Pick Me’は‘プデュ’だけを見据えて作った曲ではない。ただ‘プデュ’の為に作った一過性の音楽ではなく、歳月がたっても変わらずに愛される曲を作ろうと心血を注いだ。

‐101名の練習生たちが‘Pick Me’を歌い、その中の11名がWanna Oneでデビューする。彼らを見る思いも他ならぬようだが?

ライアン・ジョン:‘プデュ’は私たちが生きている競争社会の縮小版だと思った。11人の中に入るだろうと思っていた子たちが脱落した。でも謙虚に受け止めて、これからの社会生活でさらに熱心に戦い競争して勝たなければならないとアドバイスしてあげたい。Wanna Oneのメンバーたちもこれから1年あまり活動するが、歌手として自尊感を必ず持てと言ってあげたい。

‐自身も‘プデュ’練習生のような時期がなかったのか?

ライアン・ジョン:両親が保守的だった。歌手を夢見たが反対が強かった。トランペット、ドラム、バンドなど様々な楽器に接するたびに音楽をやりたいという情熱を抑えることができなかった。結局、両親の手を借りることなく、作曲家になるつもりで2009年に韓国へ初めて来た。いろいろなところに曲をたくさん提出したが、本当にたくさん却下された。あきらめる直前にイ・ヒョリの4枚目のアルバムでデビューし、SMと縁ができてキャリアを積み始めた。

‐共同作業を好む理由は?

ライアン・ジョン:ある人はライアン・ジョンはヒット曲を書き、認知度を積み上げトップになったというが、私は自分の寿命とテーマが分かっている。私より曲をうまく書く人たちははるかに多い。彼らは私ができない部分をやるすべを知っている。たゆまず私の音楽メンターを探す理由だ。気の合う人を探し一緒に相生しようと提案し、これを通じて作曲家としての寿命を延ばしている。

‐だからライアン・ジョンは他の人たちが作った曲に一さじだけ載せているという人たちもいるが。

ライアン・ジョン:一人で曲を書けないから書かないのではない。(笑)作曲はチームスポーツだ。私は現在プロデューサーの役割をしている。骨組みになるメロディーがあればここにそうやって肉をつけるか曲の方向を設定し、チームメンバーにビジョンを提示する役割をしている。私はチームワークで今まで来た。いつかは私の感覚が鈍るかもしれないし、チームがダメになる状況がくるかもしれないから、いつも今作っている曲が私の最後の曲だと考えて作業している。

‐作曲チームを率いる時、主にどんな方向に率いているのか?

ライアン・ジョン:私たちだけのカラーを探そうとする。チームメンバーたちを互いに尊重しながら、視線を大衆に向けている。私はクインシー・ジョーンズでもなく、ZICO・CRUSH・DEAN・HYUKOHのように自分たちだけの正体性を確実にしたシンガーソングライターでもない。私はアイドルを主とした、いわば大衆音楽をやる人間だ。‘私の音楽、完全に芸術なのであなたたちが理解できなくてもどうしようもない’ではなく、大衆の好みにぴったり合う音楽を作ることが私たちの目標だ。

‐一人でやれば経済的には利益ではないか?

ライアン・ジョン:お金の為に私一人でやろうというのは欲心だ。同様に何人かで作業して、私が一番有名だからと多く利益を取るのも欲心だ。仲良く分かちあえば共に生きることができる。

‐自分がK-POPのトレンドを先導すると思うか?

ライアン・ジョン:トレンドを作ったり提示したい。‘先病味、後中毒’というと言葉がある。私の歌は最初に聴いたときは‘マン曲(滅びた歌)’だといった人たちが、あとからとても好きになる。あとになってこそライアン・ジョンが少し先に行っていたんだな、と分かる。実のところリズムや音色、歌手の気質など多様なことに気をつかって曲を作る方だ。

‐チーム体制の作業もトレンドを先に行く制作方式なのか。

ライアン・ジョン:大衆の聴く耳が以前とは違うということを知らなければならない。K-POPが全世界的に人気を博し始めたのは2010年代初盤だ。当時SMが先鋒の役割をし、彼らがもたらした音楽に私の音楽があった。私は自負心を感じた。K-POPを聴く人間が多くなり、人々の水準がはるかに高くなった。その水準に合わせて曲を作らなければならない。可能性のある新しい作曲家をずっと探している理由だ。それがより多くの利潤を創出できる方法だと考えている。

‐K-POPの変化が必要な時点だが、これを知らない人たちが多いという意味か?

ライアン・ジョン:そうだ。変化が必要だ。もう大衆は国内だけでなく全世界を意味する。K-POP関係者たちが世界の好みを把握し、それに合わせた音楽を作らなければならない。SM・YG・JYPが先頭でK-POPの航路を開拓し、以後いくつかの事務所がその道をよく磨いた。これからK-POPのパイがさらに大きくなるかは、いいコンテンツを作るためにどれほど心血を注ぐかによって変わるだろう。私もやはり徹底的に準備して、ビジョンを提示しなければならない。

‐K-POP市場はさらに大きくなりうるか。

ライアン・ジョン:K-POPは数十年の間にアメリカのポップ市場も侵略しうる可能性がある。さらに大きくなりうる。現在アメリカでK-POPを楽しむ人たちは相当な‘オタク’たちだ。国内にロックが入ってくる前に、ロック音楽を探して聴き、ロックスピリットにすっかりはまっていた人たちがいたというような話だ。K-POPオタクたちが現在、アメリカでK-POP伝道師の役割を果たしているが、オープンマインドでありながら厳格だ。まるでオーディションの審査員たちのように、自分だけの確固とした基準がある。彼らを満足させられなければ、K-POPは成長できない。今K-POPが韓流に満足してはだめだ。

‐A Teamエンタテインメント総括理事として所属歌手VAVに相当な愛情を注いでいるが。

ライアン・ジョン:私が直接制作しているので、とりわけ格別だ。まずVAVを大衆が知っている歌手にするのが目標だ。ある程度枠がある状態なので、VAVだけのカラーを探してあげることが第一の目標だ。VAVの自尊心を守ってあげようとしている。歌手の自尊心は音楽に現れる。今VAVの新曲‘ABC’を他のグループにあげればいいのにという人もいるが、私の子供たちにいいものを食べさせたいのが親の心ではないか。

‐今、最も大きな関心事は?

ライアン・ジョン:人は夢を見る時が最も素敵だと思う。夢がなかったらこの場所にいないかもしれない。もちろん私の能力だけで作曲家になったのではない。多くの人たちが助けてくれ、多くの人たちが私の音楽を聴いてくれた。大衆の愛のおかげで今の私がいる。だから受けた愛を必ず返してあげなければならないと信じている。

今まで100曲を作ったが、稼いだお金を集めて今度の冬にコンピレーションアルバムを出そうとしている。その収益金で戦争に苦しんでいる国の子供たちを支援する考えだ。一文も残さず全て使うつもりだ。現在、歌唱者を交渉している。のちのちは学校を建てたい。環境の為に夢をあきらめている子供たちに食べて生きていける希望を与えたい。

‐あなたをロールモデルとし、作曲家を夢みている人たちにしてあげたい言葉は?

ライアン・ジョン:作曲家は見えないものを音楽で表現する人だ。その方法を知らないなら、カラオケの機械のように音も録ってみて、他の人たちの編曲スタイルもたゆまず模倣しながら自分だけの表現法を探してみるといいだろう。重要なのは基本だ。作曲家が鍵盤も弾けなければすぐに底があらわになるものだ。

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ベテランというイメージがあるライアン・ジョンですが、プデュ2の2曲のようなキャッチーで‘先病味、後中毒’感のある曲もあれば、EXO‘Love Me Right’、SHINee‘view’のような洗練味のある今風な曲もあったり、作風に幅が広い理由が分かる感じのインタビューでした。個人的には7月28、29日に行われたSM TOWN でKANGTA先輩が歌っていた‘Calling out for you’ (16年11月発売 ‘Home’ Chapter 1 )がシティポップ風味でいいなと思って、後で調べたらライアン・ジョンの参加曲とわかったことも個人的備忘録として書いておきます。

また、プデュシーズン1でもコンセプト評価曲,‘Finger Tips’、ファイナル曲‘CRUSH’を提供しています。

シーズン2後にOSENに掲載されたプデュに関する短いインタビューもあります(韓国語)。http://osen.mt.co.kr/article/G1110670288 このインタビューでは、‘Pick Me’の録音にはFクラスを除く80人が録音スタジオに集まり、全員の歌を聴いてそのうち何人かで録音したこと(具体的に誰かは記載なし)などのエピソードや、印象に残る練習生としてカン・ダニエル、カン・ドンホ、イ・デフィを挙げています。

偶然ですが、明日8月7日はついにWanna Oneのデビューということで、訳にある彼らに向けた言葉にも改めて感じ入ってしまいました。インタビューの話にはなかったですが、プデュ2 のファイナル曲‘Super Hot’も貼っておきます。

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